タイヤの摩耗粉じんが海洋汚染に?海へ流れる仕組みと影響

信号待ちでブレーキを踏むたびに、私たちのクルマのタイヤは少しずつ削れています。 その削りカスが目に見えない粉じんとなり、雨水とともに下水道や河川を流れ、最終的に海へとたどり着いています。 「タイヤの摩耗粉じんが海洋汚染の原因になる」と聞いて驚く方も多いかもしれません。 しかしこれは、近年の科学研究が次々と明らかにしている事実です。

「摩耗粉じん」とは何か──タイヤが削れると何が起きるか

タイヤ摩耗粒子(Tire Wear Particles:TWP)とは、走行中にタイヤが路面との摩擦で削れて生じる微細な粒子のことです。 タイヤがすり減ってできるゴムのかけらは、目で見える大きさのものから、直径0.1マイクロメートル(100ナノメートル)より小さい、とても細かい粒子までさまざまです。 一般的な乗用車のタイヤは、使っている間に約1〜1.5kgもすり減るとされ、その多くがこうした細かい粒子となって、周りの環境に出ていきます。 タイヤはゴムだけでできているわけではありません。 天然ゴムや合成ゴムをベースに、カーボンブラック、シリカ、硫黄、酸化亜鉛、酸化防止剤といった多様な化学物質が含まれています。 これらをすべて含んだ粒子が環境中に広がることが、単純なゴムくずとは異なる深刻な問題を引き起こすのです。 世界では、タイヤがすり減ってできる粒子が年間約610万トンも発生するとされています。 これは、エッフェル塔約550基分の重さに相当するほどの量です。 自動車の排気ガス対策は急速に進んでいますが、この「非排気由来」の汚染源はこれまであまり注目されてきませんでした。

タイヤ粉じんはどうやって海に届くのか

タイヤ摩耗粒子が海に到達するルートは主に2つあります。 ひとつは「大気経由」です。 走行中に飛散した微細な粒子は空気中を漂い、発生した場所から数km先まで運ばれてから地表や水面に降り積もります。 もうひとつは「雨水・河川経由」です。 道路上に堆積した粉じんは、雨が降るたびに排水溝へと流れ込み、河川を経て海へと運ばれます。 国立環境研究所・産業技術総合研究所・愛媛大学の研究では、36地点のうち32地点でタイヤ由来マイクロプラスチックが検出されました。 さらに、検出された30地点では、その濃度が「生物への毒性がないとされる限界の濃度(予測無影響濃度)」を超過しており、生態系の健全性や生物多様性が損なわれるリスクが排除できないことが示唆されています。 同研究によれば、日本国内のマイクロプラスチック流出量は年間約1.1〜2.4万トンと推計され、このうちタイヤ由来粒子は24〜85%を占めると見積もられています。 つまり、日本の海洋プラスチック汚染の大きな部分をタイヤ摩耗粉じんが占めている可能性があるのです。

生態系と人体に及ぼす影響

タイヤ摩耗粒子は、海や川などの環境に流れ込み、生き物に取り込まれる可能性があります。 また、空気中に浮かんだ小さな粒子を人が吸い込むことで、健康への影響も心配されています。

海の生き物への影響 海底の堆積物に蓄積したタイヤ摩耗粒子は、小さなプランクトンから魚、さらに海の哺乳類まで、さまざまな生き物が取り込む可能性があります。 特に懸念されるのは「生体濃縮」です。 食物連鎖の下位にいる小さな生物が取り込んだ粒子は、それを食べる上位の生物の体内にどんどん蓄積されていきます。 2026年9月、国立環境研究所は、タイヤから出る細かい粒子を取り続けた魚に、貧血が起こることが分かったと発表しました。 血液への影響には、タイヤに含まれる化学物質が関係している可能性も指摘されており、生態系への影響の解明が急速に進んでいます。

人体への懸念

タイヤ摩耗粒子が人体に及ぼす影響についても研究が進んでいます。 空気中に浮遊した超微細粒子を吸い込むことによる呼吸器系への影響が特に懸念されており、タイヤに含まれる亜鉛やPAHs(多環芳香族炭化水素)、さまざまな添加物についても、健康に悪い影響を与える可能性があることが、実験による研究で示されています。

EU規制が先行──「タイヤの摩耗量」に上限設定

この問題に最も積極的に対応しているのがEUです。 2024年に公布されたEU規則によって、新たに販売されるタイヤに対して摩耗量の上限規制が設けられました。 摩耗量は「タイヤにかかる荷重1トンあたり、1キロメートルあたりのミリグラム数」で表され、まず新規型式のタイヤに適用され、段階的にすべてのタイヤへと拡大されます。 日本では現状、タイヤ摩耗粒子に特化した規制はまだ整備途上の段階です。 環境省が研究支援や実態調査を進めており、今後の法整備が注目されています。

まとめ:タイヤ摩耗粉じん問題について私たちにできること

タイヤ摩耗粉じんの問題は、一見すると個人レベルの対策が難しいように思えます。 しかし、いくつかの工夫で粉じんの発生量を減らすことができるのです。 急加速・急ブレーキを避けるエコドライブは、タイヤの摩耗を抑えるうえでも有効です。 定期的なタイヤの空気圧チェックも忘れてはなりません。 タイヤの空気圧が適正値より低いと、路面との接触面積が増えて摩耗が加速します。 また、タイヤの溝の深さが新品の70%以上摩耗した段階では、粒子排出量が新品の200〜300%に達することもあります。 適切なタイミングでのタイヤ交換が、環境保護の観点からも重要です。 公共交通機関や自転車の積極的な利用も、タイヤ摩耗粒子の総量削減につながります。 日常のドライブ一つひとつが、海の汚染とつながっているという視点を持つことが、行動変化の第一歩になります。
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