「人の健康」「動物の健康」「環境の健康」、この3つは別々の問題ではなく、実はひとつにつながっています。
こうした考え方を「ワンヘルス(One Health)」といいます。
感染症の多くが動物に由来し、さらにその背景に自然環境の破壊があることが明らかになってきた現代において、ワンヘルスはパンデミック予防の鍵として世界的に注目されているのです。
目次
ワンヘルスとは何か?── 人・動物・環境の健康はひとつ
ワンヘルス(One Health)とは、人・動物・環境(生態系)の健康が互いに深く関係しているという前提に立ち、それらを統合的に守ろうとする考え方です。
これまで医療・獣医・環境それぞれの専門家が独立して課題に取り組んできましたが、感染症や環境問題は複数の要因が重なって起きるため、分野ごとの対策だけでは限界があることが認識されてきました。
人・動物・環境という3つの輪が重なり合う領域にこそ、現代の健康問題の根本的な原因と解決策があるというのがワンヘルスの核心です。
厚生労働省・農林水産省・環境省も共同で定義するように、「人と動物、それを取り巻く環境(生態系)は相互につながっている」と包括的に捉え、分野横断的に問題を解決しようというアプローチです。
人獣共通感染症(動物と人双方に感染する感染症)対策や薬剤耐性(AMR)対策などで、このワンヘルス・アプローチが特に重要視されています。
感染症の多くは「動物由来」── なぜ環境破壊が危険なのか
現在人に感染することが知られている感染症のうち約61%が、動物と人の双方に感染する「人獣共通感染症」だとされています。
さらに、新たに出現する「新興感染症」に絞ると、その75%が人獣共通感染症であるという報告があります。
SARS・エボラ出血熱・鳥インフルエンザ・新型コロナウイルスなど、近年社会を揺るがした感染症の多くが、まさに動物由来です。
WHO(世界保健機関)の推計では、毎年約10億件の人獣共通感染症の罹患が生じ、数百万人が命を落としているとされています。
「感染症は医療の問題」というイメージがありますが、実際には動物や環境の変化と深く結びついているのです。
森が消えると、ウイルスが出てくる
野生動物が本来の生息域で暮らしている限り、そこで保有する病原体が人に届く機会は限られています。
しかし、森林破壊や都市開発によって野生動物の生息域が縮小されると、動物は人間の生活圏との境界域に現れやすくなります。
それまで接触する機会のなかった病原体が、人へ感染するリスクが高まるのです。
WHO公式情報によれば、「都市化と自然の破壊は、人と野生動物との接触を増やすことになり、人獣共通感染症のリスクを高める」と明示されています。
また、世界的に報告されている新興感染症の約60%はズーノーシス(人獣共通感染症)であり、その多くが野生動物に由来するとされています。
2026年4月に東京で開催された世界獣医師大会2026のプログラム「ワンヘルスサミット」でも、WWFジャパンをはじめ多くの専門家が「野生動物を守ることは、感染症を起こさせない予防につながる」という認識を共有しました。
環境保全は自然愛護の話だけでなく、感染症予防の最前線でもあるのです。
日本でのワンヘルスの取り組み
日本では、厚生労働省・農林水産省・環境省の3省が連携して「ワンヘルス・アプローチ」を推進しています。
厚生労働省では2015年度から、医師と獣医師が参加するワンヘルス連携シンポジウムを毎年開催。
人獣共通感染症の予防・探知・治療に向けた情報共有と連携強化を図っています。
また、薬剤耐性(AMR)対策として「ワンヘルス動向調査報告書」を毎年公表し、人・動物・環境における薬剤耐性菌の動向を一体的に把握する体制も整えています。
緊急時には、高病原性鳥インフルエンザなどの発生に際して省庁間連絡会議が設置され、素早い連携対応ができる体制が構築されているのです。
行政レベルでも「人・動物・環境の健康はひとつ」という視点が着実に根づいてきています。
ワンヘルスは「私たちの選択」にもつながっている
ワンヘルスは研究者や行政だけの問題ではありません。
森林を守り、野生動物の取引を減らし、生物多様性を保全することは、次のパンデミックを遠ざけることに直結しています。
2026年4月のワンヘルスサミットでは、医療・環境・獣医師などさまざまな分野の専門家から「野生動物を守ることは、感染症予防だけでなく、私たちの暮らしと命を支える自然そのものを守ることだ」という声が上がりました。
プラスチックごみを減らす、不必要な森林開発に反対の声を上げる、地元の自然を大切にする。
こうした身近な選択の積み重ねが、人・動物・環境の健康をひとつにつなぐワンヘルスの実践につながっています。

