里山保全が生む「緩衝地帯」の重要性 – 人里と奥山を分け、人と動物が共存する道

適切に管理された里山は、野生動物が人里に侵入するのを防ぐ 緩衝地帯 として機能し、人と自然の共存を支える重要な空間となっています。

しかし近年、人口減少や高齢化、里山管理の衰退により、この緩衝地帯の機能が失われつつあり、農作物被害や野生動物の人里出没といった問題が深刻化しています。

里山とは?人と自然をつなぐ特別な環境

里山とは、原生的な自然である奥山と、人々が暮らす都市部との間に位置する、独特の環境を指します。

集落を囲むように広がる二次林、田畑、ため池、草原などで構成され、長い歴史の中で農林業などの人間活動を通じて形成・維持されてきました。

完全な自然でもなく、完全な人工環境でもない、人と自然が調和した特別な場所なのです。

日本列島では縄文時代からクリなどの栽培を通じて里山が活用され、現在では国土の約20%にあたる770万ヘクタールを占めています。

里山が果たしてきた「緩衝地帯」としての役割

里山は、奥山に住む野生動物と人々の生活圏である人里を隔てる緩衝地帯として機能してきました。

人が定期的に里山に入って手入れを行い、視界の開けた環境を保つことで、野生動物が自然と人里に近づきにくくなる仕組みが保たれてきました。

緩衝帯は、野生動物にとって「心理的な障壁」として機能します。

隠れる場所がなく、餌となる植物も限られ、人の気配がある環境は、野生動物にとって「近づきにくい」「使いにくい」空間に。

本来、野生動物は臆病な性質を持ち、人間を避ける習性があります。

適切に管理された里山があることで、動物たちは奥山に留まり、人は人里で安全に暮らすという、互いに干渉しない関係が保たれてきました。

里山管理の衰退がもたらした深刻な問題

かつて人々の手によって適切に管理されてきた里山は、自然と人間社会をつなぐ重要な存在でした。

しかし近年、人口減少や高齢化、産業構造の変化などにより、里山の手入れが行き届かなくなり、自然環境や生物多様性にさまざまな影響が出始めています。

野生動物による被害の増加

人口減少や高齢化の進行、産業構造の変化により、里山林や草地などを通じた自然資源の循環が減少し、里山における生物多様性は質と量の両面から劣化が懸念されています。

人の手が入らなくなった里山では、樹木が伸び放題となり、下草が生えなくなります。

見通しが悪く、人の気配も薄れた里山は、緩衝地帯としての機能を失っていきました。

この変化は深刻な問題を引き起こしています。

令和4年度の野生鳥獣による農作物被害額は約156億円にも達し、地域農業に深刻な打撃を与えています。

特にシカによる被害が最も多く、森林被害面積の約7割を占めるほどです。

イノシシ、ニホンザル、そして近年はクマの出没も各地で報告されています。

なぜ動物たちが人里に出没するようになったのか

野生動物が人里に出没するようになった主な原因は、単純に個体数が増えたことだけではありません。

むしろ、人里側の環境が野生動物を誘引するように変化してしまったことが大きな要因です。

森の中の小さな食物を探して暮らす野生動物にとって、農作物は高栄養で消化率が高く、しかも一か所に集中して栽培されているため、極めて魅力的な食料源となっています。

さらに、耕作放棄地の増加により、野生動物が身を隠しやすい環境が人里近くまで広がってしまいました。

緩衝帯としての里山の機能が低下したことで、野生動物は人里に容易に接近できるようになったのです。

また、放置された野菜や稲刈り後の二番穂など、人間が「被害」と認識していない餌も、動物たちを引き寄せる要因となっています。

緩衝地帯を取り戻す – 里山保全の具体的な方法

では、緩衝地帯としての里山を取り戻すためには、どうすればよいのでしょうか。

重要なのは、里山を適切に管理し、野生動物にとって「使いにくい環境」を維持することです。

具体的には、定期的な間伐や下草刈りを行い、見通しの良い明るい環境を作ります。

人里と山林の間には緩衝地帯を設け、針葉樹を伐採して広葉樹を植林したり、定期的に草刈りを行ったりすることで、野生動物が嫌う明るく開けた空間を作ります。

ただし注意すべきは、緩衝帯だけでは野生動物の侵入を完全に防ぐことはできないという点です。

緩衝帯は一時的に動物を遠ざける効果はありますが、物理的な障壁ではありません。

そのため、防護柵などの物理的な対策と組み合わせ、継続的に人が関与し続けることが不可欠です。

耕作放棄地の解消も重要です。

農地の利用者を確保したり、地域で協力して管理したりすることで、野生動物が身を潜める場所を減らします。

また、収穫後の残さの処理や家庭菜園の管理を徹底するなど、集落全体で協力して取り組むことが重要です。

さらに、地域の住民自身が主体となって進める「獣害に強い集落づくり」も、有効な対策となります。

学習会や集落点検を通じて、住民自身が野生動物の行動特性を理解し、具体的な対策を身につけることが大切です。

里山保全で守る、人と野生動物の共存の未来

里山は、長い年月をかけて人の営みと自然が調和しながら築かれてきた、貴重な環境です。

しかし、人口減少や高齢化、産業構造の変化により、里山の管理が行き届かなくなり、緩衝地帯としての機能が失われつつあります。

適切な里山管理により見通しの良い環境を維持し、耕作放棄地を解消し、地域全体で対策に取り組むことで、人と野生動物それぞれが安心して暮らせる環境を取り戻すことができます。

里山保全は、単なる自然保護ではなく、私たちの暮らしの安全を守り、地域の持続可能性を高め、野生動物との調和ある共存を実現するための総合的な取り組みです。

一人ひとりができることから始めることで、人と動物が共存する持続可能な未来を創ることができるのです。

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