日本の山に暮らす野生動物たちと共生の課題

日本は国土の大半が山岳地帯で、海に囲まれた地形のおかげで、多様な野生動物が生息する環境の宝庫となっています。

しかし近年は、ニホンジカやイノシシ、クマといった野生動物による人里への出没や農作物被害などの問題も深刻化しています。

日本の山に暮らす多様な野生動物たち

海に囲まれ、山岳地帯が国土の大半を占める日本は、実は多様な野生動物が生息する環境の宝庫です。

日本に生息する陸生哺乳類のおよそ4割、爬虫類の6割、両生類の8割が日本にしか生息しない固有種です。

植物も含めた野生生物は、確認されているだけで約9万種にも達します。

山歩きをしていると、キツネやリス、カモシカ、タヌキ、そして準絶滅危惧種に指定されている「山の妖精」オコジョなど、さまざまな野生動物に出会うことが可能です。

その一方で、毒を持つヘビやクマ、イノシシといった注意が必要な動物たちも生息しています。

エリア別に見る日本の野生動物の特徴

日本の野生動物の分布を理解する上で重要なのが、生物地理学上の境界線です。

津軽海峡は「ブラキストン線」と呼ばれ、北海道とそれ以南で動物相が大きく異なります。

また、屋久島・種子島と奄美大島の間には「渡瀬線」という境界があり、この線を境に南西諸島の動物相が本土と大きく変わります。

北海道エリア – 大陸系の動物たち

北海道は比較的最近まで大陸とつながっていたため、大陸と共通する種が多く見られるのが特徴です。

代表的な動物として、体重100〜300キロにもなるエゾヒグマ、エゾシカ、エゾタヌキなどが生息しています。

これらは固有種ではなく、大陸の動物の地域個体群である亜種とされています。

エゾナキウサギなど、氷河期の生き残りとも呼ばれる動物も北海道の特徴です。

また、世界最小クラスの哺乳類であるトウキョウトガリネズミ(体重わずか1.5〜1.8グラム)も北海道に生息しています。

本州・四国・九州エリア – 固有種の宝庫

本州から九州、四国にかけては、日本固有種が数多く生息する地域です。

ニホンザル、ニホンノウサギ、ヤマネなど小型哺乳類の多くが固有種として進化してきました。

ニホンザルは青森県の下北半島から鹿児島県の種子島まで広く分布し、下北半島のものは「北限のサル」として知られています。

また、ニホンリス、ムササビ、ニホンモモンガといったリス科の動物も日本固有種です。

本州や九州、四国の山岳地帯にはニホンカモシカが生息しています。

名前に「シカ」とありますが、実際にはウシ科に属し、国の特別天然記念物に指定されている貴重な動物です。

南西諸島エリア – 生きた化石の島々

渡瀬線より南の南西諸島には、イリオモテヤマネコや奄美大島のアマミノクロウサギなど、「生きた化石」と呼ばれる原始的な特徴を持つ種が生息しています。

海で隔てられた島という環境により、大陸とつながっていた時代に入ってきた動物たちが原始的な形態を保ったまま進化してきました。

これらの多くは、大陸の近縁種が絶滅したため、学術的にも極めて貴重な存在となっています。

深刻化する野生動物による被害の現状

近年、野生動物の増加による深刻な問題が顕在化しています。

2023年のクマによる人身被害は198件(被害者219人、死亡者6人)と過去最多を記録しました。

ツキノワグマとヒグマは生息域を広げ、市街地や人家周辺、農地など人間の生活圏にまで出没するようになっています。

ニホンジカとイノシシの分布域も急速に拡大しており、1978年から2018年の40年間で、ニホンジカの分布域は約2.7倍、イノシシの分布域は約1.9倍に広がりました。

これらの動物による農作物への被害は深刻です。

2019年度の農作物被害総額は、ニホンジカで約53億円、イノシシで約46億円にも達しています。

さらに問題なのは、特定の動物の増加が生態系全体に悪影響を及ぼすことです。

ニホンジカによる森林の食害は土壌流出を引き起こし、植物が食べ尽くされることで、同じ植物を餌とする他の生物を絶滅の危機に追いやることもあります。

結果として、生態系のバランスが崩れ、生物多様性が損なわれているのです。

人と野生動物の共存に向けて

この問題に対し、国はさまざまな対策を進めています。

環境省と農林水産省は2013年に「抜本的な鳥獣捕獲強化対策」を策定し、ニホンジカとイノシシの生息数を10年後までに半減することを目標としました。

また、2014年には「鳥獣保護法」を「鳥獣保護管理法」に改正し、保護中心の施策から管理を含む施策へと転換しています。

2024年4月には、指定管理鳥獣に新たにクマ類が追加されました。

ただし、クマはニホンジカやイノシシと比べて繁殖力が低く個体数も少ないため、捕獲だけでなく、人間の生活圏への出没防止策も合わせて検討されています。

一方、捕獲の担い手である狩猟者が年々減少し高齢化が進んでいること、そして捕獲した野生鳥獣の命を無駄にしないためのジビエ利用の推進などが重要な課題となっています。

何より大切なのは、山は野生動物たちが暮らす環境であり、人間がその領域にお邪魔しているという意識を持つことです。

野生動物を単に「害獣」として捉えるのではなく、保護と管理のバランスをとりながら、共存の道を探っていく必要があります。

日本の山と野生動物の共生を考える

日本の山には、北海道から南西諸島まで、地域ごとに特徴的な野生動物が生息しています。人間と野生動物が共生していくためには、保護と管理の両面からアプローチし、より良い共存の形を模索し続けることが求められています。

私たちにできることは、日本の野生動物の多様性と価値を正しく理解し、彼らの生息環境を尊重しながら、持続可能な関係を築いていくことです。

山を訪れる際には、そこが野生動物たちのホームであることを忘れず、適切な距離を保ちながら、その存在に感謝する心を持ちたいものです。

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