「水不足」という言葉を聞いて、遠い国のことだと思っていませんか。
しかし、世界はすでに「水危機」の段階を超え、元に戻れない「水破産」の時代に入ったというのです。
その背景にあるのは、気候変動だけではありません。
農業・工業・都市開発による「水の使い過ぎ」という、私たち人間自身の問題でもあります。
目次
「水破産」とは何か――「水危機」を超えた新しい現実
2026年1月20日、国連大学水・環境・保健研究所(UNU-INWEH)は「世界水破産(Global Water Bankruptcy)」と題した報告書を公表し、世界が深刻な新段階に突入したことを宣言しました。
「水破産」とは、次の2条件が重なった状態を指します。
①再生可能な流入量を超える表層水・地下水の持続的な過剰取水
②その結果として生じる水に関する自然資本の不可逆的・回復困難な損失
毎年の雨や河川の水を「収入」、地下水・氷河・湿地を「貯金」とすると、世界の多くの地域では収入だけでは足りず、貯金をどんどん切り崩して生活している状態です。
そして、その貯金が底をつきつつある——というのが「水破産」の意味するところです。
報告書は水の状態を3段階に定義しています。
「水ストレス(高い圧力はあるが回復の見込みがある)」→「水危機(干ばつなど一時的なショック状態)」→「水破産(不可逆的な損失が進み、元の状態に戻れない)」。
この「水破産」という状態が、いま世界各地で現実のものになっているというのです。
なぜ「水破産」は起きているのか――原因は水の「使い過ぎ」
「水破産」とは、単に水が足りなくなる状態ではなく、人間の活動によって水資源そのものが持続的に失われていく危機を指します。
その背景には、長年にわたる過剰な水の利用と、自然が本来持っていた“水を蓄える力”の喪失があります。
農業用水が世界の取水量の約7割を占める
世界の淡水取水量のうち、農業用水が占める割合はおよそ70%にのぼります。
灌漑農業の拡大によって、多くの地域では地下水の過剰なくみ上げが何十年も続いてきました。
その結果、世界の主要な帯水層(地下水層)の70%が長期的な減少傾向にあるとされているのです。
地下水を過剰にくみ上げた地域では、地盤沈下という目に見える被害も起きています。
世界で約20億人が沈下する地盤の上に暮らしており、一部の都市では年間25cmもの地盤沈下が起きています。
農業以外にも、都市化・工業化・森林破壊・水質汚染が重なり、気候変動による干ばつの頻発がこれらの問題をさらに深刻化させているのです。
50年で消えた自然の「貯水池」たち
水を蓄える自然の仕組みは、この半世紀で急速に失われています。
・過去50年間で消失した自然湿地帯の面積:約4億1,000万ヘクタール(EUの総面積に匹敵)
・1970年以降に消失した氷河の割合:30%以上
・1990年代初頭以降に水量が減少した世界の主要な湖の割合:50%(その湖に生活を依存する人は世界人口の25%)
こうした自然の貯水池の消失は、農業用水・生活用水・生態系の根幹を同時に壊していきます。
そして、一度失われた湿地や氷河は、人間の力では簡単には取り戻せません。
これが「水破産」の本質です。
「水破産」が暮らし・経済・生態系に与える深刻な影響
水破産は遠い地域だけの問題ではありません。
【暮らしへの影響】
現在、世界で約40億人が年間少なくとも1か月間は深刻な水不足に直面しています。
また、22億人は安全に管理された飲料水を利用できない状況にあり、35億人は安全に管理された衛生設備(トイレ・下水)を持ちません。
【食料・経済への影響】
約30億人が総貯水量が減少または不安定な地域に暮らしており、世界の食料の50%以上がこうした水ストレス下の地域で生産されています。
干ばつによる世界の年間損失額は約3,070億米ドル(約45兆円)にのぼり、この額は国連加盟国の4分の3のGDPを上回る規模です。
また、2022〜2023年には18億人が干ばつ状態の下で生活しました。
【生態系への影響】
失われた湿地の生態系サービスの価値は年間5.1兆米ドルに達するとされており、生物多様性の不可逆的な損失も進行しています。
塩害を受けた農地は1億ヘクタールにのぼり、農業生産を直撃しています。
「水破産」への対応――個人・社会・国際社会にできること
私たちが日常でできることのひとつが、食料や製品の生産に使われる「仮想水(バーチャルウォーター)」を意識することです。
たとえば牛肉1kgを生産するのに必要な水は約15,000リットル。
何を食べ、何を買うかという選択が、間接的に世界の水資源の需要につながっています。
また、節水習慣の実践や、環境負荷の低い製品・農法を支持する消費行動も、水破産の進行を遅らせる一助になるでしょう。
「水破産」は私たちが引き起こした問題でもあります。
だからこそ、私たちの選択が変えられる未来でもあるのです。

