2026年春、スーパーで見慣れたポテトチップスの袋が突然白黒になりました。
カルビーが2026年5月12日の公式プレスリリースで、「ポテトチップス」「かっぱえびせん」「フルグラ」など主力14商品のパッケージ印刷を2色に切り替えると発表し、大きな話題を呼んでいます。
理由として挙げられたのが、中東情勢の緊迫化に伴う一部原材料の調達不安定化。
その根っこには、「ナフサ」と呼ばれる石油由来の基礎原料の供給危機があります。
目次
ナフサとは何か?── 現代のものづくりを支える「見えない原料」
ナフサとは、原油を精製する過程で得られる無色透明の液体で、石油化学工場でエチレンやプロピレンなどの基礎化学品に分解される出発原料のことです。
「粗製ガソリン」とも呼ばれ、原油全体のうち得られる割合は約10%にとどまります。
このナフサを分解炉で約800℃に加熱すると、エチレン・プロピレン・ブタジエン・ベンゼン・トルエン・キシレンなどの基礎化学品が生まれます。
これらがポリエチレン・ポリプロピレンなどのプラスチック、合成繊維、塗料、接着剤、そして印刷インクの溶剤へと姿を変えていくのです。
なぜナフサ不足が印刷インク危機を引き起こすのか
食品パッケージの多色印刷には「グラビア印刷」という方式が広く使われています。
顔料を紙やフィルムに定着させるために「有機溶剤」が不可欠で、この溶剤の多くはナフサ由来のベンゼン・トルエン系化学品から作られています。
赤・青・黄・緑など各色の顔料にはそれぞれ専用の溶剤が必要で、1色でも入荷が止まればラインが全て止まる、という構造です。
さらに、フィルムを貼り合わせる「ラミネート加工」でも、日本で主流の溶剤ドライラミネートは酢酸エチルを大量に使います。
つまり日本の食品パッケージは、印刷でもラミネートでも有機溶剤に深く依存しており、ナフサが滞ると一気に両方が制約を受けます。
日本のナフサ供給の「アキレス腱」── 中東依存という構造的リスク
問題を深刻にしている背景が、日本固有の供給構造です。
日本のエチレン生産原料の約95%をナフサが占めており、米国のシェール由来エタン、欧州のLPG活用とは対照的な「ナフサほぼ一本足」の状態にあります。
そのナフサ輸入先の約74%が中東産です。
2026年2月、中東情勢の緊迫化によってホルムズ海峡の通航が事実上困難になりました。
ホルムズ海峡は世界の海上石油輸送量の約25%(世界石油消費量の約20%)が通過する最重要ルートで、日本の原油輸入の約9割がここを経由しています。
ナフサ市況はわずか2週間で1トン当たり600ドル台後半から1,100ドル前後まで急騰しました。
バイオナフサ・eナフサ── ナフサを「脱石油」する代替品の最前線
今回の危機で注目を集めたのが、石油由来ナフサの代替となる「バイオナフサ」と「合成ナフサ(eナフサ)」です。
バイオナフサは、廃食用油やパーム油などの植物由来資源を原料とし、製造から廃棄までのCO₂排出量を実質ゼロに近づけることが期待されています。
最大の特徴は、既存の石油化学設備にそのまま投入できる点で、設備の作り直しが不要なため社会実装のハードルが比較的低いとされます。
一方、合成ナフサ(eナフサ)は再生可能エネルギーで発生させた水素とCO₂を合成して製造するもので、完全に石油資源から切り離せるのが画期的な点です。
現時点ではコスト面での課題が残りますが、石油化学の長期的な脱炭素を見据えた取り組みとして、国内石化各社でも研究・実用化が進んでいます。
印刷の現場では「水性フレキソ印刷」が代替策に
原料の代替と並んで、印刷方式そのものを変えるアプローチも注目されています。
それが「水性フレキソ印刷+ノンソルベントラミネート」の組み合わせです。
水性フレキソ印刷は、油性インクの代わりに水と顔料を主成分とするインキを使う印刷方式です。
ナフサ由来の有機溶剤をほぼ使わずに済むため、今回のような調達リスクを構造的に下げられます。
さらに、VOC(揮発性有機化合物)の排出削減という環境上のメリットもあります。
フィルムを貼り合わせる工程でも、溶剤を使わない接着剤でフィルムを貼り合わせる「ノンソルベントラミネート」と組み合わせることで、パッケージ製造から有機溶剤を大きく減らすことが可能です。
まとめ:ナフサ危機が問いかけること── 「石油に頼らないものづくり」への転換
カルビーのパッケージ変更は「現代の日常が、どれほど石油に依存しているか」を可視化した出来事でもあります。
バイオナフサやeナフサへの移行、水性印刷への転換、廃プラスチックをナフサ相当の原料に戻すケミカルリサイクルの普及。
これらはいずれもコスト面の課題を抱えながらも、「一点の原料に依存する脆弱さ」から抜け出すための現実的な方向性です。
「ポテチの袋が白黒になった」というニュースを、資源の有限性とサプライチェーンのリスクを「自分ごと」として考えるきっかけにしていただければと思います。

