黒潮大蛇行とは、黒潮が紀伊半島沖で大きく南へ蛇行して流れる現象で、日本の海の環境や漁業に大きな影響を与えています。
黒潮は温暖な海流として多くの魚を運び、私たちの食卓を支える存在ですが、大蛇行が発生すると海水温や潮の流れが変化し、魚の回遊ルートが変わるため、地域によって漁獲量が大きく増えたり減ったりします。
近年では黒潮大蛇行が長期化し、磯焼けによる藻場の減少や漁獲量減少など、漁業経営への影響も深刻化しているのです。
一方で、カツオやブリの豊漁など恩恵を受ける地域もあり、その影響は一様ではありません。
黒潮大蛇行の仕組みや発生要因、漁業や海洋環境への影響、今後の発生可能性を整理し、海とともに生きる私たちがこれからどう向き合うべきかを考えていきましょう。
目次
黒潮大蛇行とは何か
黒潮は、東シナ海から日本南岸に沿って北上する世界有数の暖流です。
その流れは幅100km、深さ1000mにもおよび、流速は秒速2.5mを超えることもあります。
黒潮の流路には大きく分けて2つのパターンがあり、1つは本州南岸に沿って流れる「非大蛇行流路」、もう1つが紀伊半島から東海沖で南に大きく離岸する「大蛇行流路」です。
黒潮大蛇行とは、黒潮が紀伊半島沖で冷水渦(冷水塊)にぶつかり、それを避けるように南へ大きく迂回して流れる現象を指します。
この現象は1年程度で終わることもあれば、近年のように数年単位で続くこともあり、2017年から2025年春まで続いた大蛇行は観測史上最長となりました。
黒潮大蛇行の環境要因と発生メカニズム
黒潮大蛇行の発生には、いくつかの自然要因が複雑に絡み合っています。
主な要因は、紀伊半島沖で発生する冷水渦の存在、北太平洋の偏西風や貿易風の強さ、黒潮の流量の変動、エルニーニョ現象、さらには地球温暖化などが挙げられます。
冷水渦が紀伊半島沖に長期間居座ると、黒潮はこれを避けるように南へ大きく蛇行。
また、黒潮の流量が弱まると冷水渦を押し流す力が弱くなり、大蛇行が長期化しやすくなります。
近年の長期化の背景には、黒潮の流量減少や風の勢いの変化が指摘されています。
黒潮大蛇行が日本の漁業に与える影響
黒潮大蛇行は、日本の漁業に大きな影響を与えます。
大蛇行が発生すると、黒潮が沿岸から離れることで水温が低下し、魚の回遊ルートや漁場の分布が大きく変化するのです。
たとえば、高知県水産試験場の調査によると、大蛇行発生後(2018~2024年)と発生前(2010~2016年)の年間平均漁獲量を比較すると、一本釣り漁では約1.9倍、定置網漁では15倍以上に増加したケースも報告されています。
特にカツオやブリ、カンパチなど暖水を好む魚種は、豊漁となった地域もありました。
一方で、シラスやヤリイカ、サバ、キンメダイなどは不漁となり、海藻類(カジメ、ワカメ、ヒジキなど)の生育も悪化しました。
磯焼け現象による藻場の消失や、アワビ、サザエなどの磯根資源の減少も深刻です。
静岡県ではシラスの漁獲量が2015年の約8500トンから2022年には3436トンにまで減少し、漁業経営に大きな打撃を与えています。
黒潮大蛇行がもたらす環境・気象への影響
黒潮大蛇行の発生時には、沿岸の海面水温が平年より2℃近く低下することが知られています。
一方、黒潮分岐流が発生し、関東・東海沿岸では逆に水温が高くなる場合もあります。
こうした海水温や塩分、栄養塩の分布変化は、プランクトンやサンゴ礁、海亀、イルカなど多様な海洋生物の生態系にも影響をおよぼすのです。
また、黒潮大蛇行は気象にも影響し、東海地方から関東地方にかけての降水量増加や高潮、大雨のリスク増大など、沿岸地域の災害リスクも高めます。
今後の黒潮大蛇行発生可能性と展望
2025年春、気象庁は7年9か月続いた黒潮大蛇行が終息する兆しがあると発表しました。
ただし、黒潮の流路は複雑で、過去にも一度終息しかけて再発したケースがあり、今後も注意深い観測が必要です。
黒潮大蛇行の発生や終息は、黒潮の流量や風の変化、海洋内部の渦、地球温暖化などさまざまな要因が絡み合っており、完全な予測は難しいのが現状です。
今後も黒潮の動向や気候変動の影響を注視し、持続可能な漁業や沿岸管理への適応策を進めていくことが求められます。
黒潮大蛇行は海と暮らしに直結する重要な現象
黒潮大蛇行は、日本の漁業資源や地域経済、海洋生態系、さらには気象や気候にまで広範な影響をおよぼす重要な現象です。
魚種によっては豊漁となる場合もあれば、不漁や生態系の悪化を招く場合もあり、沿岸地域の暮らしや産業に直結しています。
今後も黒潮大蛇行の発生メカニズムや影響を科学的に解明し、持続可能な海洋利用と環境保全を両立させる取り組みが欠かせません。