2023年、クマによる人身被害は過去最多の219人を記録しました。
秋田県や岩手県では、住宅地での襲撃事件が相次ぎ、「アーバン・ベア」という言葉が流行語大賞のトップ10に選出されるほど、社会問題化しています。
人間の安全を守るため、やむを得ず殺処分されるクマたち。
しかし、その命を無駄にしないために、ジビエやペットフードとして資源化する取り組みが注目を集めています。
目次
アーバン・ベア(都市型クマ)とは何か
アーバン・ベア(都市型クマ)とは、山ではなく市街地周辺の山林に生息し、繰り返し人の生活圏に出没するクマのことです。
日本には北海道にヒグマ、本州・四国にツキノワグマが生息しており、通常は警戒心が強く人間を避ける性質を持っています。
しかしアーバン・ベアは人間や生活音に慣れており、警戒心が薄いという特徴があります。
そのため、日中でも住宅街や農地に姿を現し、人間と接触する危険性が高いのです。
従来のクマが山深くに生息し人間との距離を保っていたのに対し、アーバン・ベアは人の生活圏と山林の境界が曖昧な地域に定着しているという点で、大きく異なります。
増加する被害と殺処分の現実
環境省のデータによると、2016年から2020年の間、クマによる人身被害の発生場所は、住宅地や市街地、農地などの人の生活圏が37.6%を占め、山林地帯の34.8%を上回りました。
2023年には全国で198件、219人の人身被害が発生し、過去最多を更新しました。
秋田県62件、岩手県46件をはじめ、北海道、中部、北陸、関東など全国に被害が広がっています。
特に東北地方では、通学中や農作業中、さらには自宅敷地内での襲撃事例も報告されています。
人間の生命と安全を守るため、多くのクマが捕獲・殺処分されているのです。
農林水産省のデータによれば、令和5年度のクマ類捕獲数は増加しており、堅果類の凶作によるクマの出没増加が被害拡大の一因となっています。
なぜアーバン・ベアは増えているのか
アーバン・ベアが増加している背景には、複数の要因が複雑に絡み合っています。
山中の餌不足
気候変動の影響により、クマの主食であるドングリなどの堅果類が凶作となる年が増えています。
山で十分な餌を得られないクマが、食料を求めて人里まで下りてくるのです。
里山の管理不足と過疎化
少子高齢化により地方の過疎化が進み、耕作放棄地が増加しました。
手入れされない畑や果樹園は草木が茂り、クマが身を隠す場所となります。
また、山と人の生活圏の境界が不明瞭になり、クマが知らないうちに人の領域に侵入してしまうケースが増えています。
狩猟者の減少
狩猟者の高齢化とハンターの減少により、クマが人間に追われた経験が少なくなり、人への警戒心が低下しています。
地球温暖化の影響
温暖化による気温上昇は食物連鎖に大きな変化をもたらし、クマの生態系に深刻な影響を与えています。
春の訪れが早まることで、冬眠から目覚めたクマが自然界で食料を見つけにくくなっているとも指摘されています。
殺処分から資源活用へ:ジビエ利用の広がり
やむを得ず捕獲されたクマを含む野生鳥獣を、単なる「害獣」として廃棄するのではなく、「地域資源」として有効活用する動きが全国で広がっています。
ジビエ利用量の増加
農林水産省の調査によると、令和5年度のジビエ利用量は前年度比30.9%増の2,729トンに達しました。
シカが最も多く66%を占めますが、クマを含むその他の野生鳥獣も食用やペットフードとして利用されています。
外食産業での活用
食肉処理施設からの販売先は、外食産業・宿泊施設や小売業者向けが増加しています。
国産ジビエ認証制度により、衛生管理やトレーサビリティを確保した施設で処理されたジビエが、大手外食事業者などで扱われるようになりました。
令和7年3月末時点で30施設が認証を受けています。
学校給食での取り組み
令和5年度には946校の小中学校でジビエが給食に提供され、平成28年度の約2.5倍に増加しました。
鳥獣被害対策の理解促進、地産地消、食育推進の観点から、教育現場での活用が進んでいます。
ペットフードなど新たな活用方法
ジビエの活用は人間の食用だけにとどまりません。
ペットフード向け利用の急増
令和5年度のジビエ利用量のうち、ペットフード向けは866トンと全体の約3割を占め、急速に拡大しています。
これは食用には適さない部位も無駄なく活用できる方法として注目されているためです。
農林水産省は令和6年3月に、ペットフード製造や原料の衛生管理などを整理したマニュアルの改訂版を作成し、安全性の確保を図っています。
動物園での飼料利用
一部の動物園では、肉食獣の餌として野生鳥獣を利用する新たな試みも見られます。
これらの取り組みにより、捕獲された野生鳥獣の命を無駄にせず、循環型社会の実現に貢献しています。
命をいただく責任と共生への道
アーバン・ベア問題は、気候変動、過疎化、里山の荒廃など、現代社会が抱える複合的な課題の象徴です。
人間の安全を守るために殺処分せざるを得ない状況がある一方で、その命を資源として有効活用する取り組みは、私たちの責任の取り方を示しています。
ジビエやペットフードとしての利用は、命を無駄にしないという倫理的側面だけでなく、地域経済の活性化や食文化の豊かさにもつながります。
学校給食での活用は、次世代に環境問題と命の尊さを伝える教育的意義も持っているのです。
しかし、最も重要なのは、殺処分を減らすための根本的な対策です。
地球温暖化対策、里山の適切な管理、人とクマの生活圏の明確な区分けなど、長期的視点での取り組みが求められます。
アーバン・ベアの命をいただくということは、人間が引き起こした環境変化への責任を自覚し、持続可能な共生の道を模索し続けることなのです。

